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「猿の手」にまつわるいくつか

※本文中に「猿の手」に関するネタバレがあります。

贈る物語 Terror みんな怖い話が大好き (光文社文庫)

贈る物語 Terror みんな怖い話が大好き (光文社文庫)

1つ前のエントリで触れたアンソロジーに収録されている「猿の手」について。

宮部さんの紹介文に「完訳完全版の別バージョンも存在しています」とありました。そこで「乱歩の選んだベスト・ホラー(ちくま文庫)」に所収されている完訳版を読んでみたのですが、ちょっと気になることが。

乱歩の選んだベスト・ホラー (ちくま文庫)

乱歩の選んだベスト・ホラー (ちくま文庫)

ちくま文庫版の編者による解説では

多くの版では第1章の最後で、暖炉の火の中に猿の顔が浮かび上がるという暗示的なパラグラフが欠落している。本書では、初出無削除版(Harper's Monthly 1902年9月号)の翻訳を採用し、この部分を補った。

とあります。

この初出本はネットで見ることができます。
www.unz.org
すると、第1章の最後を見ても、本訳に当たるパラグラフがないのです。

一方、1902年刊行のアンソロジーでは、ちくま文庫版で追加されている訳の原文がありました。
THE MONKEY'S PAW (1902) by W.W. Jacobs「The lady of the barge」(1906, 6th ed.)

なので、初出のHarper's誌からアンソロジーに収録する際に加筆されたのではないかと思うのですが、どうでしょうか。

自分の拙い英語力では、これ以上は分かりませんでした。私がなにか勘違いしているかもしれません。

それから、こんな面白い話題もありました。

北村薫と有栖川有栖の間で「猿の手」のラストの解釈について争いがあったこと。そして、それがきっかけで有栖川氏の著作「妃は船を沈める」が書かれたこと。

解釈の争いとは、最後にドアを叩いた人物が「ゾンビと化した息子」なのか「元気に生き返った息子」なのかということらしい。
海外文学のコラム・たまたま本の話 第38回「猿の手」の謎と伏線
なお、ちくま文庫版の訳では「表の怪物が入ってくるまでに……」というように『怪物』と書かれているのですが、原文は「before the thing outside got in.」なので、訳者の解釈なのでしょうか。創元推理文庫版では「玄関の外にいるもの」となっています。

この関連でもう一つ。Wikipedia日本語版 → 猿の手 - Wikipedia(2016-04-04閲覧)では、

夫人は息子が帰ってきたのだと、狂喜して迎え入れようとしたが、その結果を想像して恐怖したホワイト氏は猿の手に最後の願いをかける。「息子を墓に戻せ」。

となっているのですが、ちくま文庫・創元推理文庫の両訳とも「息子を墓に戻せ」という台詞はないのです。最後の願いを唱えたとしか書かれておらず、どんな願いなのかは具体的に書かれていません。原文でもそうです。

なので、これは邦訳の違いでしょうか。

たとえば → 5分後に意外な結末 @赤い悪夢 - Google ブックス(学研プラス,2013-12-03)では、

同時に、液体のようなものも飛び散っているのか、びちゃっびちゃっという音も聞こえていた。

とゾンビのような暗示があり(原作にはない描写)、

そして3つ目の願いを唱えた。
「息子を……息子を今すぐに、墓場へ戻したまえ!」

と具体的な願いが書かれています(なお、↑では「翻案:小林良介」と「翻案」の表記になっている)。

邦訳を巡っては、こんな話題も。2ちゃんねるに残っていたやり取りです。
https://piza.2ch.net/occult/kako/990/990056116.html

私が最初にこの話を読んだ時まだ小学生でさ、ちいさかったもんでお話の最後をなんとなく誤解して読み取っちゃってたのよ。
「三度目のお願いとして息子が墓場に戻るよう願った。でもぎりぎりで息子は母親と会ってしまい、母親を連れたまま墓に戻った。父親が玄関を見に行くと息子はもちろん母親の姿もなかった。」って。

この話題に対する返答として↓

確か、講談社から出ていた少年少女向けのシリーズ(ふくろう文庫?)に収められていた「猿の手」はラストがそういう風に書き換えられてたはず。
創元推理文庫の方が、当然ながら原作に忠実なんじゃないかと思います。
「猿の手」に限らず、ジュブナイル物の怪奇小説やSF小説って、大幅に書き換えられている例が多く(有名どころでは「地球最後の日」)大人になってからまともな訳読んでショック受けることがあります。

翻訳の世界も面白いですねえ。有栖川有栖「妃は船を沈める」も、いつかは読んでみようと思います。

おまけ:ニコニコに素晴らしい動画があがっていました。原作読んだ後にどうぞ(※ただしニコニコ耐性のある人に限る)。